大阪高等裁判所 平成元年(う)783号 判決
論旨は,原判決は原判示各事実につき,被告人または被告人及び石本良浩(以下いずれの場合も「被告人」という。)が同判示のクレジットカード(以下原判示の各カード及び両カードをいずれも「本件クレジットカード」という。)の正当な利用権限を有するもののように装い,各加盟店担当者をしてその旨誤信させた,とするが,クレジットカード一般につき,正当な利用権限者は名義人本人に限られていることは公知の事実であるところ,被告人が本件クレジットカードの名義人(女性名義)でないことは一見明白で「正当な利用権限」を有しないことが明らかであり,各加盟店担当者も被告人が本件カードの名義人本人でないことに気付いているから,被告人の欺罔行為及び各被欺罔者の誤信の具体的内容を何ら判示しない原判決には理由不備の違法がある,というのである。
よって検討するに,証拠によると,加盟店規約上本件クレジットカードの使用権限を有する者が名義人本人に限られていることは明らかであるが,事実誤認の主張に対する判断において後示するように,クレジットカードによる取引の実情は必ずしも加盟店規約に厳格に則ったものでなく,クレジットカードの利用者がカードの名義人本人でない場合であっても,該カードが不正に入手されたものでなく,名義人本人の家族等で本人の明示または黙示の許諾があると一応認められる場合には右クレジットカードの利用を認める扱いが相当程度行われており,本件の各ケースもそのような場合であって,被告人は右の取引の実情を知悉して本件クレジットカードを使用したものであり,原判決は,右のような場合も含めて「正当な利用権限を有するもののように装い,各被欺罔者がその旨誤信した」と判示したものと認められるから,原判決に所論の理由不備はなく,所論は採用できない。論旨は,理由がない。
2 控訴趣意中事実誤認の主張について
論旨は,原判決は,(1)被告人は本件クレジットカードにつき「正当な利用権限」のあることを仮装したものではなく,加盟店担当者らは被告人に右権限のあることを誤信したものでないのにその旨仮装,誤信したと認定した(原判示各事実につき),(2)被告人は,本件クレジットカードの使用に伴う代金支払いの能力があるのに,右能力がないと認定した(原判示第1の各事実につき),(3)被告人は,「加盟店担当者らをして…中略…後日同カードシステム所定の支払い方法によりその代金支払いを受けられるものと誤信させた」ことがないのに,その旨誤信させたと認定した(原判示各事実につき)各点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。
しかしながら,原判決挙示の関係証拠によると,右(1),(2)の原判示認定事実を肯認するに十分であり,当審における事実取調べの結果によっても右認定は何ら左右されない。また右(3)については,加盟店担当者らに誤信がなかったことは所論のとおりであって,原判決には右の点に事実の誤認があるというべきであるが,右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
以下所論にかんがみ敷衍するに,
所論は,(1)前示のとおり,被告人は本件クレジットカードの名義人でなく,右クレジットカードの利用権限がないことが明らかであり,被告人及び加盟店担当者らはそのことを知悉していたから,被告人が「正当な利用権限」のあることを仮装し,加盟店担当者らが被告人に右権限のあることを誤信したことはない。また加盟店担当者らが被告人を名義人の家族と思ったとしても,右誤信は同人らの勝手な思い込みによるもので,被告人は何ら名義人の家族を仮装する言動をしておらず,仮に被告人が右仮装行為をしたとしても,名義人の許諾がある場合でも家族による右クレジットカードの利用は許されないから,右仮装が「正当な利用権限」のあることを仮装したことにはならない,というが,前示のように,証拠によると,加盟店規約上本件クレジットカードの使用権限を有する者は名義人本人に限られているが,本件の殆どの場合加盟店担当者らは被告人が本件クレジットカードの名義人本人でないことを知悉しながら,被告人が名義人本人の家族等であろうと考えて右クレジットカードによる商品販売等に応じていること,被告人は本件以外にも多数回本件クレジットカードを使用して本件同様の手口で商品を購入等していると窺えること,被告人の累犯前科の犯罪事実中にも,本件同様不正に入手した女性名義のクレジットカードを使用して数回商品を騙取した事犯があること等の事実が認められ,これらの事実に照らすと,前示のとおりクレジットカードによる取引の実情は必ずしも所論のいうように加盟店規約に厳格に則ったものでなく,クレジットカードの利用者がカードの名義人本人でない場合であっても,名義人本人の家族等で本人の明示または黙示の許諾があると一応認められる場合には右クレジットカードの利用を認める扱いが相当程度行われていると認められ,被告人はそのように装って本件カードを呈示し,商品の購入を申し込んだのであるから,原判決が,原判示各事実において,被告人が「正当な利用権限を有する。」ことを仮装し,その旨誤信させたと認定した点に誤認があったとはいえず,所論は採用できない。
所論は,(2)被告人が騙取したとする財物の価格は,一件につき2万4,200円ないし9万4,500円であり,他方被告人には,原判示第一の各犯行当時,月収が約30万円あり,その生活ぶりからも右各代金の支払能力は十分あった,というが,本件各犯行のように不正に入手した他人名義のクレジットカードを使用して商品を入手した場合,犯人(不正使用者)にはもともと代金を現金で支払う意思も又自己の負担においてカードシステム所定の支払方法で代金を支払う意思もないことが明らかであるから,犯人がカードの正当な利用権限を有するもののように装い,カードを呈示して被欺罔者をその旨誤信させ,よって商品の交付を受ければ直ちに詐欺罪が成立し,犯人の支払能力の有無は同罪の成立に消長を来すものではないというべきであるから,原判決が「代金支払の能力がないのにこれあるように装って」と判示する点は結局無用の判示と認めるのが相当であり,従って所論は主張自体採用の限りではない。
所論は,(3)原判決は,「右藤井ら(中島)をして…中略…後日同カードシステム所定の支払方法によりその代金の支払を受けられるものと誤信させた」旨認定したが,各加盟店等は,いずれも後日同カードシステム所定の支払方法によりその代金の支払を受けており,加盟店担当者らには右誤信は存せず,その点に事実の誤認がある,といい,各加盟店等はいずれも後日右所定の支払方法によって代金の支払を受けているから,加盟店担当者らに右誤信はなく,原判決が右の点で事実を誤認したことは所論のとおりであるが,詐欺罪の成立には,必ずしも全体としての被害者の財産的価値の減少が必要ではないと解せられるから,右支払について加盟店担当者らの誤信がなかったとしても,詐欺罪の成立することに変わりはなく,また本件の場合右誤認が量刑に格別影響するとも言えないから判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず,結局右所論も採用できない。
従って,原判決には所論の事実誤認は認められず,論旨は理由がない。